
1月15日(日)東京・後楽園ホールで行われる新日本キックの新春第一弾興行『BRAVE HEARTS 18』で駿太と対戦する蘇我英樹(市原)。両者は2010年7月の谷山ジム主催「ビッグバン」のリングで対戦し、僅差のスプリット判定で蘇我は敗れてしまった。その後、蘇我は5連勝、ホームリングでのリベンジに燃える!(2012年1月6日UP)
PROFILE
蘇我英樹
1981年11月14日、千葉県千葉市出身
2003年10月12日、後楽園ホールでデビュー
2005年8月22日、加村健一(伊原)を判定で下し日本バンタム級王者に
2006年4月9日、深津飛成(伊原)に敗れ初防衛に失敗
2009年4月5日、風神和昌(野本)との日本フェザー級王座決定戦で勝利し新王者に
2010年1月17日、菊地大介(伊原稲城)を破り、日本フェザー級タイトル初防衛に成功
2010年7月31日、「ビッグバン 統一への道 其の弐」で駿太(谷山)に判定で敗れる
2011年4月3日、ジョムタワン・チューワッタナを2RKOで倒し、東洋スーパーフェザー級王者になる
身長165cm
戦績:35戦22勝(8KO)9敗4分
市原ジム所属
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■2010年7月31日。因縁の駿太戦を振り返って今想うこと。
――蘇我選手はGBRのインタビュー初登場なので、まずはキックを始めたきっかけから教えて下さい。
「19歳ぐらいの時に、仲間が集まって空手をやっていたんです。その練習風景を見にいった時に、みんな真面目にやっていてかっこいいなと。自分も普通に強くなりたいと思って、強くなる自信もあったので、少しやってみたらはまってしまいました。それから新空手の大会とかにもちょこちょこ出ていたのですが、プロになりたいと思うようになりました。プロになる道がよくわからなかったのでボクシングのジムに通ってやっていたら、当時K-1が盛り上がっていたのでキックボクシングをやりたくなり20歳ぐらいの時に市原ジムに入りました。余裕でチャンピオンになれる自信もあったし、オレだったらキック界に名前を残せるぐらいの選手になる自信というのもありましたね」
――まさにその自信どおり、三冠王になられたんですね。駿太選手との試合が近づいてきましたが、現在の心境はいかがですか?
「駿太選手が相手なので楽しみプラス熱いものがあります。前回(2010年7月31日「ビッグバン」)戦って負けたことになっているのでリベンジを狙います」
――2Rに蘇我選手が駿太選手からダウンを奪いながらも、1−2の僅差のスプリット判定で蘇我選手が敗れてしまいました。試合決着については、ご自身でも納得できない結果でしたか。
「負けていなかったとは言いたくはないですけど…
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