
前回がちょっと暗い話題となってしまったので、今回はガラリと変えてキックボクサー立嶋篤史のカッコよかった思い出を振り返ってみたい。前にも書いたとおり、立嶋の名勝負は非常に多い。挙げていったらキリがない。
その中でも個人的に思い出深いのは、1993年8月22日にタイのサムロンスタジアムで行われた、ペットンガンとの試合だ。この試合はタイに練習で行ったはずの立嶋が、勝手に向こうで試合を組んでしまったものだった。
以前から立嶋は「タイで勝手に試合をしてしまうかもしれませんよ」と匂わせていたのだが、まさか本当にやるとは思っていなかった。試合の話は直前になって全日本キックに伝わり、僕も宮田さんから教えてもらって知った。
奇しくも、試合の日は新空手のタイツアー(カラテジャパンオープンの実行委員を務めたため、ご招待を受けたお疲れさまツアーだったと思う)の日程中であったため、僕はラッキーにも試合を取材することが出来たのだ。
サムロンはバンコクの中心地から離れているため、少し早めにホテルを出てタクシーに乗り込んだ。ちょうど雨季で、激しいスコールが降っていた。タクシーには僕と宮田さんともう一人の記者が乗っていたのだが、みんな何となく無口になってしまい重苦しい雰囲気。宮田さんがポツリと「勝てますかね……」と呟いたのを覚えている。
サムロンに着くと、さっそく立嶋の元へ。彼はタイ人トレーナーのマッサージを受けて非常にリラックスしていた。聞いたところによると、試合が決まってから対戦相手が二転三転したという。最終的にタイ南部のチャンピオンであるというペットンガンに決定したのだが、「もし計量の時と違う相手が出てきたとしても、僕は驚かないですよ。タイは何があってもおかしくない」と立嶋。
その言葉どおり、しばらくすると立嶋の試合順が変わったことが告げられた。たしか夜中近くの出番だったはずが、急に繰り上がったのだ。僕が立嶋に「イライラしない?」と聞くと、彼は「全然。ここはタイですよ」と平然として答えた。
午後9時近くだったか。立嶋はついにタイのリングに上がった……