
「立嶋篤史、思い出を挙げればキリがない」の第13回目。僕の20年間にわたる記者生活の中で、最も印象深いキックボクサーである立嶋篤史のことを書いていきたい。90年代を疾走した本物のヒーローである。
いよいよ、6年ぶりの復帰戦が4日後(9月20日)に迫ってきた立嶋篤史。本人も言っているように、6年ものブランクが空いたらデビュー戦のようなもので、58戦ものキャリアを持っていたとしても距離感や試合勘がすぐに戻るとはとても思えない。しかし、対戦相手は現役バリバリの若手選手。厳しい状況であることは確かだろう。
僕が最後にリング上の立嶋を見たのは、2003年6月8日。六本木ベルファーレで開催された、今はなき格闘技イベント『IKUSA』の試合だった。立嶋は第1試合に登場、たしかデビューして3戦目の萬田隼人という選手が相手だった。
かつてのスーパースターが第1試合に登場。そこに悲惨さはなかった。立嶋は全盛期の頃から、「本当は第1試合でやりたいんですよ。すぐに帰れるし。それで僕の試合が終わったらお客さんもみんな帰ってしまうとかやってみたいですね」と言っていたからだ。ちなみに今回の『TITANS』の試合も、デビュー戦のようなものだから第1試合でやらせて欲しいと主催者には要望していたという。
立嶋の入場曲ボニー・タイラーの「Holding Out For A Hero」がベルファーレに鳴り響いたが、かなりアレンジが施してあり、ビートが効きすぎてほとんどメロディーが聞き取れなかった。立嶋は黒いショートガウンを着てセコンドの肩に捕まり、手には日本刀(イミテーション)を持つという変わらぬ姿で現れた……