
「極真空手、思い出を挙げればキリがない」の第26回目。今回もボクにとって初の世界大会取材となった1991年11月に開催された『第5回全世界大会』に関するエピソードの数々を綴る。
外国人選手で注目していたのは、4年前の『第4回全世界大会』で準優勝したアンディ・フグと、優勝した松井章圭を準決勝で苦しめたマイケル・トンプソンの二人。第4回全世界大会とヨーロッパ選手権(二人が決勝で対戦した)の試合をビデオで見ていたため、“これは強い!”とかなり期待していた。
しかし、2回戦で壇上に姿を現したアンディは……かなり痩せているように見えてなんだか弱々しい。対するグルジアの選手はとんでもなく大きく、余計にアンディが小さく見えた。そのグルジアの選手とはタリアル・ビガザ。後にリングスに参戦するビターゼ・タリエルである。もちろん、この時は全くの無名選手だった。
両者の体格差は相当なものだった。なにしろアンディが踵落としを振り上げても、その蹴り足がタリエルの顔にやっと届くくらいなのである。踵落としはその名の通り、踵を振り上げて落とすのだが、落とすほどの落差がないため“ペタンッ”という感じでタリエルの胸の辺りに当たるのみ。それほど差がついたようには見えなかったが、とりあえずアンディが判定3−0くらいで勝利したと記憶している。
「なんか、ビデオで見るのと実物は随分と違うな……」というのが率直な感想だった。この時、アンディにはライターに張り付いてもらったのだが、控え室に戻ろうとしているところで写真を撮ろうとしたら…