
前にも書いたようにボクが全日本大会の取材を始めたのは、1989年12月に両国国技館で開催された『第21回全日本選手権』からだ。極真には初夏に大阪で開催される階級別の全日本ウェイト制大会と、秋に東京で開催される無差別級の全日本大会がある。「全日本」と一口に言えば、秋の無差別級全日本のことを指す。
この全日本が本当に毎年楽しみで……編集部では秋口になると、「いよいよ全日本の季節がやってまいりました!」などと言って盛り上がっていたものだ。ボクが『ゴング格闘技』の編集長を務めている時、編集部員はみんな極真が好きだった。副編集長の福島氏などは、その後、極真の機関誌『ワールド空手』の編集長になってしまったほどだから。
だって、1年でたった2日間ですよ。選手たちはこの2日間のために363日を使うようなもので。その1年間がもしかしたら2分間の試合で終わってしまうのかもしれないのだ。そういう残酷さと、選手たちの2日間に懸ける想いがたまらなく好きだった。どれくらい好きだったかと言うと、分裂前の全日本大会のベスト8入賞者を第1回大会から全員言えたくらい。今では優勝者くらいしか思い出せない。トシをとったのもあるが。
さて、最初に取材した『第21回全日本』のエピソードは以前にも書いたので、その翌年、『第22回全日本』のことを振り返ってみよう。この大会は今でも鮮烈に覚えている。なぜなら、ボクが見た数々の極真名勝負の中でも、ベスト1ではないかと思えるくらいの名勝負があったからだ。