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 2010.6.2  「振り返れば、やっぱり格闘技」 第73回 by熊久保英幸



「極真空手、思い出を挙げればキリがない」の第38回目。今回も、ボクがこの目で見た中で誰が何と言おうと極真空手史上最高・最強の空手家と信じて疑わない数見肇についての思い出を振り返ってみたい。

 1995年11月3〜5日に開催された『第6回全世界空手道選手権大会』は八巻建志の優勝で幕を閉じ、八巻の引退によって完全に数見時代の幕が開いた。それと同時に気になったのはライバルの不在だ。最大のライバルと目されていた岡本徹は分裂によって別派となり、同門の塚本徳臣も別派へ。ライバル的な存在は同門の高久昌義くらいになってしまった。それほど、数見の強さはズバ抜けていた。

 ところが、世界大会の翌年に開催された『第28全日本空手道選手権大会』にはとんでもない選手がエントリーしてきたのである。世界大会で軽量級ながら4位に入賞したギャリー・オニールである。ギャリーは“ギャリーステップ”と名付けられた独特のフットワークで下がり、相手が追いかけてくるところへカウンターの蹴りを放つという戦法で外国人4強(フィリォ、グラウベ、ニコラス、ギャリー)の1人に数えられていた。

 余談になるが、ギャリーは世界大会前、来日して城南支部で1年くらい練習を積んでいた。たしか地方大会にも出場していたと思う。しかし、世界大会でそのギャリーに敗れた岩崎達也は「あんなステップ、練習では1度も使わなかった」のだというから大した策士だ。

 しかしギャリーが日本滞在中、一緒に住んでいた塚本にはギャリーステップの存在を教えていたという。初期の塚本がギャリーステップを使っていたのは、「重量級であのステップを使えたら凄い」という発想からで、ギャリーに教えてもらっていたというのだ。

 そのギャリーが全日本大会に参戦。この時、周りの意見は……

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