
「極真空手、思い出を挙げればキリがない」の第43回目。今回は、ボクがこの目で見た中で誰が何と言おうと極真空手史上最高・最強の空手家と信じて疑わない数見肇についての思い出の最終回。
第7回全世界大会が終わると、しばらくは数見を取材することはなかった。多分、取材を受けるような気分にはなれないと思ったからだ。本当はどう思ったか、どう感じたかを知りたいところであったが、数見の心境を察すると取材を申し込むのは酷に思えた。
2000年に開催された『第32回全日本選手権大会』、そして2001年に開催された『第33回全日本選手権』に数見の姿はなかった。世界大会で負った怪我が重傷であり、完治するのに時間がかかるという理由だったと思う。両全日本大会はいずれも決勝戦を木山仁と木村靖彦が争い、木山が二連覇を達成。世界大会でまさかの3回戦敗退をきっした木山は、彼は彼でとてつもなく悔しい思いをして、ここまで這い上がってきたのだろう。
しかし、数見が抜けた穴はボクの心にもぽっかりと穴を空けた…