20th Anniversary
「SAW日本国際選手権大会1 全日本SAW選手権 極X」
SAW総本部
2005年10月9日(日)東京・スポーツ会館
予選開始10:00 本戦開始14:00
▼全日本無差別級SAW選手権トーナメント決勝戦 10分1R
○ヒュン・ロジャース(カナダ)
一本 アームロック
●高谷 亮(豊道館)
第17回全日本無差別級選手権を兼ね、外国人選手を招聘して行われたSAW初の国際選手権。ハワイ、オーストラリア、カナダから出場した外国人選手たちは、打撃ありのSPルールによる日本との対抗戦で4勝3敗と勝ち越し、ルーキークラスでは5階級中3階級で決勝へ進出(いずれも敗れる)するなどの活躍を見せたが、何と言っても圧巻は全日本無差別級選手権を制したヒュン・ロジャースである。
トーナメントでは2回戦で波乱が続出した。まず昨年王者の矢内純一が2回戦で敗退、第9・11・13回王者の高江州朝也も2回戦で姿を消し、第11〜13回準優勝の小西良徳もまた2回戦で敗れ、第15回王者の廣井一隆も同じ運命を辿った。第10回王者の河村尚久だけは準決勝まで進出したが、ロジャースに敗れるという形になり、これで歴代王者・上位入賞者が全て消えてしまったのである。
決勝にはロジャースと、柔道を豊道館で学びサブミッションをSAWで学んでいる高谷亮が進出。しかし、高谷は決勝戦前に行われたSPルールのワンマッチでローキックを蹴られ、そのダメージによって本領発揮ならず。ロジャースが早々と腕がらみで一本勝ちを収めた。
このロジャース、何者かと思ったら実は凄い経歴の持ち主である事が分かった。彼の父はなんと、東京オリンピック柔道重量級で故・猪熊功氏と決勝戦を争ったダグ・ロジャースの息子だったのだ。ダグ・ロジャースはこの時、唯一、猪熊から一本を奪われなかった選手でもある。
銀メダリストを父に持つロジャースはユニバーシティ・カナディアンのレギュラーチームのラガーマンであったが、カナディアン航空の機長である父が仕事を引退したのをきっかけに、「父が果たせなかった夢を達成する」と柔道に転向を決意。現在は日本に滞在して講道館で修行を積み、北京オリンピック出場を目指しているという。毎週日曜日にはSAW本部に出稽古にも来ているが、実質的には10ヵ月ほどのキャリアで今回の優勝を成し遂げた。
ロジャースは188cm、102kgと均整の取れた肉体を持ち、26歳という若さから北京オリンピック後は総合転向もありうるかと思いきや…北京オリンピックに出場できても出来なくても、弁護士を目指すという。今年の柔道カナダ選手権では3位になっており、サラブレッドの実力を示している。
※この大会の模様は「リングサイドムービー」で近日公開!
●RESULT
▼全日本無差別級選手権トーナメント
優 勝 ヒュン・ロジャース
準優勝 高谷 亮
3 位 中倉憲一
河村尚久
▼SPルールワンマッチ5分2R(打撃あり)
<第1試合>
○トミー・ラム(ハワイ)
1R 一本 三角絞め
●館 智行(伍輪門)
<第2試合>
○キーナン・ヨナマイン(ハワイ)
1R 一本 ヒールホールド
●生方 一(SAW本部)
<第3試合>
○高谷 亮(豊道館)
1R 反則勝ち
●ジェブロン・テロウク(オーストラリア)
<第4試合>
○大石大介(大石道場)
1R 一本 腕ひしぎ十字固め
●サイモン・テリー(オーストラリア)
<第5試合>
○ダレン・ヒッグス(オーストラリア)
ポイント判定 6−1
●派谷 達(日本ウェルネススポーツ)
<第6試合>
○和地康彦(未来格闘塾)
ポイント判定 7−4
●スタン・ビリンスキー(オーストラリア)
<第7試合>
○ベン・リヴィングストーン(オーストラリア)
1R 一本 KO
●河村尚久(SAW本部)
▼全日本ルーキークラス
<−60kg級>
優 勝 松本 徹(SAW本部)
準優勝 酒井知一(S-Keep)
<−68kg級>
優 勝 猪岡和也(J.JC)
準優勝 延山智康(SAW本部)
<−78kg級>
優 勝 金持拓身(J.JC)
準優勝 パルマー・アミ(カナダ)
<−88kg級>
優 勝 檜山和久(R-GYM)
準優勝 スタン・ビリンスキー(オーストラリア)
<88kg以上級>
優 勝 中西良行(フリー)
準優勝 ジェブロン・テロウク(オーストラリア)
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