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 6月28日(日)富山県・富山テクノホールで行われるDEEP事務局/クラブバーバリアン『DEEP 
                            TOYAMA IMPACT』にて、地元で青木隆明(禅道会)と対戦する五十里。clubDEEP富山の常連である彼にとってIMPACTシリーズへの出場、そして子供の頃に恐竜博を見に行ったテクノホールでの試合は憧れだったという。“リアル・サラリーマン格闘家”の日常に迫る。
 
 
                             
                              | 五十里祐一(いかり・ゆういち) 1978年8月4日、富山県出身
 身長169cm、体重75kg
 小学校から高校まで空手を学び空手歴は10年
 その後、P’sLABに一般会員として入門
 2003年JTC全日本総合格闘技選手権大会-75kg級優勝
 2005年DEEPフューチャーキングトーナメント70kg以下級準優勝
 などアマチュア大会で実績を挙げて
 2005年9月4日、武重賢司戦でプロデビュー
 clubDEEP野蛮人祭りには2005年10月30日、2006年6月18日、
 同年11月19日と連続出場して1勝1敗1分
 2007年7月27日、ネオブラッド・トーナメント・ライト級優勝
 2007年は矢野卓見、松本晃市郎らに4戦全勝、
 その勢いは2008年も続き5連勝をマークした
 パンクラス戦績:5勝3敗2分
 パンクラスP’sLAB東京所属
 |  ■北岡悟さんと一緒に住んで24時間観察していた ーー五十里選手が格闘技を始めたきっかけは? 「元々、小学校から高校まで伝統派の空手をやっていまして、高校時代に厳しくなって辞めてしまったんですけれど、就職活動をきっかけにアピール出来るものが欲しいなと思ってまた格闘技を始めました。  最初は半年くらい、キックボクシングの藤本ジムに通っていたんですが、いろいろあって辞めまして。今度は総合をやってみようと思い、パンクラスでアマチュアをやっていると聞いたので行ってみたら凄く楽しくて現在に到ります。組み技の経験が今までなかったんですが、その組みが面白くてどんどんのめり込みました」 ーー総合格闘家の誰かに憧れて、というわけではなかったんですか? 「パンクラスの名前はもちろん知っていましたけれど、そんなに詳しい方ではなかったんです。修斗の選手は1999年〜2000年くらいに佐藤ルミナ選手とか桜井“マッハ”速人選手が話題になった時、スポーツ屋さんで映像を見てカッコいいなとは思っていました」 ーー空手の流派はどこですか? 「松濤館流です。小学校で始めた時は和道流でした」 ーー空手の大会での最高戦績は? 「いやいや、全然。高校でも補欠でした。そのコンプレックスもあったんですよね。高校の時は鳴かず飛ばずでしたから」 ーーその伝統派空手での経験が、いま活きている部分ってありますか? 「あまりないですね(笑)。むしろ空手は苦手でした。今の僕はどっちかと言うと組んで倒してからの選手なので。打撃は苦手です(笑)」 ーー富山から東京に出てきた理由は? 「大学進学のためです。それでこっちで就職して。パンクラスのアマチュアジムには学生の時に入りました」 ーー総合を始めてからプロになるまでの道のりはどうでしたか? 「始めた頃は、まさかプロのルールでプロの選手たちとやるとは思っていませんでした。アマチュアの頃から試合を見に来てくれたのが北岡(悟)さんで、どんな小さい大会でも見に来てくれたり、あの人の影響でアマチュア修斗とかいろんな大会に出ました。その中で戦績を残せるようになって、それでプロデビュー出来ました。ひとえに北岡さんのおかげです。  北岡さんと僕と、サラリーマンをやりながらアマチュアでやっていたヤツと3人で一緒に住んでいた時期もあったんですよ。その2年間の生活でプロの人と一つ屋根の下で、24時間どういう生活をしているのかを見せてもらったのもいい経験になったというか」 ーー北岡選手と出会ったのはP’sLABで? 「先生でした。そこからプライベートでも仲良くさせていただいて。北岡さんもちょうどパンクラスの寮を出る時期だったので、いい機会だということで一緒に住んだことがあったんです」 |