9月20日(日)東京・後楽園ホールで開催されるTITANS事務局『TITANS NEOS 6』にて、約6年ぶりの再起戦を行う立嶋。90年代、低迷していたキックボクシング界の息を吹きかえらせ、時代を作ったカリスマは37歳にして再びリングに立つ。最終調整に燃える立嶋を直撃した。
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立嶋篤史(たてしま・あつし)
1971年12月28日、東京都豊島区出身
身長173cm
中学2年生でキックボクシングを始め、単身タイへ渡りムエタイ修行
1987年8月、タイのランシットスタジアムでデビュー(非公式)
1988年7月、16歳の時に全日本キックボクシング連盟でプロデビュー
1991年4月21日、椿宗徳を2RでTKOに破り全日本フェザー級王座に就く
同年3月28日、清水隆広との頂上決戦を制して全日本トップに君臨
1992年7月18日、前田憲作との初防衛戦に敗れて王座から転落
1993年11月27日、東京ベイNKホールで行われた再戦で前田を3RでKOに破り王座返り咲き
1994年7月30日、佐藤孝也に2RでTKOに敗れてまたも初防衛失敗
1995年7月30日、佐藤孝也に判定勝ちして王座奪回
1996年3月24日、鈴木秀明にダウンを奪われて判定負け、初防衛失敗
2001年、全日本キックを脱退してNJKFに参戦
2003年6月8日、IKUSAで前田憲作の弟子・萬田隼人に判定負け
同年12月、試合を控えていたが交通事故に遭い重傷を負う
2009年9月20日、TITANSにて6年ぶりの再起戦を行う
戦績:36勝(25KO)28敗4分
ASSHI-PROJECT所属 |
■どうなのかなって自分自身でも楽しみです
ーーいよいよ6年ぶりとなる試合が近付いてきました。今の心境はどうですか?
「どんな気分もクソもないですよ。本当に余裕がないですね。だから気分とかそういうものも感じられる余裕がない。試合までをどう過ごすかだけで、試合のことは試合の時に考えます」
ーーその感覚は交通事故に遭う以前の試合前と同じなんですか?
「どうでしょうね……僕のキックボクサーとしての長い生活の間に、状況がところどころでだいぶ変わっているんですが、今回はかなりいい環境でずっと練習に打ち込めたので、どうなのかなって自分自身でも楽しみです」
ーー練習して自分自身の動きや感覚はどうですか?
「十代の時の感覚です」
ーーそれはどういう意味で?
「追い込むのが楽しいし、体重を落とすのも辛いとかではない。そういう意味で十代の時の感覚でやっていますね。とは言ってもまだそんなに落としているわけではなく、残り1週間で本格的な減量に入るんですが。今は本当にいい意味で全く余裕がないので、悪い意味のものが全く見えないんです。本当に疲れきって、毎日疲れきって……そして寝て、また明日も疲れきるという生活を送っています。
20%の力しか残っていなかったら、その20%の力を100%出して疲れきっているので、夢も見ないし、試合のことを考える余裕もないです。毎日毎日をどう乗り切るか、一日一日の課題を決めてその課題と自分との勝ち負けがあって、それを乗り切れないと凄く悔しい。でも、それをパッと超えられると気分がいいです」
ーー立嶋選手は68戦ものキャリアを誇っていますが、6年もの間隔が空いてしまうとデビュー戦と変わらないと思うのですが……。
「そうです。その通りですよ。全くキャリアなんかないです。キャリアなんてあるけれど無いようなもん。今キャリアを持ち出したら、その時点でダメでしょう。3回目のデビュー戦だと思っています」
ーー3回目?
「タイでのデビュー戦(中学卒業後、タイのランシットスタジアムで初の試合)、日本でのデビュー戦(1988年7月、16歳で後楽園ホールの試合でデビュー)、そして今回。今までも団体が変わってそういう気持ちになる時もあったけれど、そんなものは比べ物に……
立嶋篤史インタビュー内容
■どうなのかなって自分自身でも楽しみです(前編)
※以下GBR会員の方のみご覧になれます。
■どうなのかなって自分自身でも楽しみです(後編)
■ちょっと体重が落ちないからと言っても、それが限界ではない
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