躍り出たムエタイの超新星、いま関係者の間でホットな視線を集めているのが21歳の梅野だ。師匠の加藤督朗が「あいつは天才だ」と評し、山口元気に「藤原あらしの後を継ぎ、打倒ムエタイ路線を担ってくれると期待している」とまで言わしめる山木ジム一門の遺伝子。現在まで8戦8勝の彼が、2010年1月23日(土)東京・ディファ有明にて開催される、日本におけるムエタイ普及を目的としたM-1MC&クロスポイント合同興行『REBELS』に参戦。そこで行われる日本VSタイ5対5マッチの先鋒戦でラジャサックレック・ソーワラピンと対戦する。梅野源治とは何者か?
梅野源治(うめの・げんじ)
1988年12月13日、東京都出身
身長178cm
2007年11月11日、M-1でプロデビュー
2008年12月21日、ラジャダムナンスタジアムで2RKO勝ち
戦績:8戦8勝(4KO)無敗
PHOENIX所属 |
■高校の時は謹慎ばかり、プロにも勝てると思っていた
ーーまず、キックボクシングを始めたきっかけから教えてください。
「格闘技を見るのが好きで、やってみたいと思ったのがきっかけです。試合を見ていても自分がやってみたら勝てるんじゃないのかなって、最初は思っていたんですよ。実際にやってみたら全然そんなことはなかったんですけれども、それで余計に面白くなって余計にハマっていきました」
ーーその前にスポーツは何かやっていたんですか?
「いえ、何もやっていません。いきなり格闘技です」
ーーと言うことは、腕っ節には相当自信があったんですね?
「そうですね。勝てるんじゃないかなって思ってやってみましたから」
ーーもしかして、格闘技を始める前はストリートファイト三昧だったとか?
「まあ、多少(笑)。高校の時はやっていました。そんなにはやってないですけれど、謹慎ばかりでしたね。だから余計にプロの格闘技でも関係ないんじゃないか、勝てるんじゃないかって思っていたんです。実際は全然そんなことなくて、すぐにやられてしまいましたね」
ーーへぇー、それほどワルそうには見えないですね。一番影響を受けた選手は誰でした?
「やっぱり魔裟斗選手ですかね。有名だし、強いし」
ーーPHOENIXを選んだのはなぜですか?
「キックボクシングがいいなと元から思っていて、調べてみたら一番最初にPHOENIXが出てきたんです。ジムも綺麗だし、教えている会長(加藤督朗)が3つベルトを獲っていて強い人だったので、自分もそうなりたいと思って選びましたね」
ーーK-1志向だったんですね。
「最初はK-1しか知らなかったですからね。キックボクシングってあまり地上波では流れないじゃないですか」
ーー練習中の覚えているエピソードはありますか?
「入門したばかりの頃に、70kgのプロの選手からスパーリングをやれと言われて、ローキックを3分5Rフルスイングで打たれ続けました(笑)。倒されなかったんですけれど、我慢しすぎちゃって、帰りは歩けなくなったのを覚えています」
ーーアマチュアからスタートしたんですよね。
「でも、1試合しかやってないんです。入門して5カ月でアマチュアの大会に出て、その2カ月後くらいにプロの選手が試合をバックレちゃったことがあり……
梅野源治インタビュー内容
■高校の時は謹慎ばかり、プロにも勝てると思っていた(前編)
※以下GBR会員の方のみご覧になれます。
■高校の時は謹慎ばかり、プロにも勝てると思っていた(後編)
■チャンピオンベルトを持っている人たちとやっても負けるとは思いません
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