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 2月27日(日)東京・後楽園ホールで行われるRISEクリエーション『RISE 74』で引退記念セレモニーを行うTATSUJI。アマチュアボクシングの輝かしい実績をひっさげ、RISEやK-1MAXのリングで活躍したTATSUJIが引退を決意した理由とは何なのか、そして現役引退後に掲げている目標とは何か。TATSUJIが約6年間のプロ生活を振り返ると共に、これからの人生について語った。(2011年2月22日up)

PROFILE
TATSUJI
(たつじ)
1981年7月23日、福岡県出身
身長174cm、試合体重70kg
アマチュアボクシングでは北京五輪アジア予選日本代表候補に選ばれる
2004年9月26日、「RISE IX」でプロデビュー
2005年12月18日、「RISE DEAD OR ALIVE TOURNAMENT '05」で優勝を果たす
2006年、2007年に行われた「K-1 WORLD MAX 〜日本代表決定トーナメント〜」で準優勝
2007年4月4日、初代K-1MAX世界王者アルバート・クラウスに判定勝利
2009年4月21日、地元・福岡で行われた「K-1 WORLD MAX 2009 World Championship Tournament FINAL16」で龍二に判定勝利
2010年2月27日、「K-1 WORLD MAX 2010 〜-70kg Japan Tournament〜」で中島弘貴にKO負け、これが現役最後の試合となった
通算戦績:32戦23勝(6KO)9敗
RISE DEAD OR ALIVE TOURNAMENT '05 優勝
K-1 WORLD MAX 日本代表決定トーナメント 2006 準優勝
K-1 WORLD MAX 日本代表決定トーナメント 2007 準優勝
アイアンアックス所属

■今だから明かされる過酷な減量との戦いだった現役時代

ーー今年2月に現役引退を発表されましたが、引退を決意した理由は何だったんですか?

「格闘家としての目標がなくなったことですね。それに自分は今年で30歳になるのですが、前々から格闘技は30歳までと決めていました。体のことだけを考えればまだまだ試合は出来ると思うのですが、これ以上続けていると、引くタイミングもなくなるだろうし、このタイミングできっぱり引退を決意しました」

ーーTATSUJI選手にとってはK-1MAXが大きな目標で、昨年3月にK-1MAX日本代表決定トーナメント1回戦で中島弘貴選手に敗れた試合が最後の試合となりました。やはりあそこで中島選手に負けたことが分岐点になりましたか?

「もちろんそれもありますし、徐々に試合数も減ってきて、チャンスそのものもなくなっていたんですよね。それと共に選手としての目標もなくなったような感じです」

ーー3月の試合が終わってからはどのように過ごされていたんですか?

「K-1で試合が組まれないことは分かっていたので、引退後の仕事の事を考えながら、体を作る程度に練習をしていました」

ーー一時はヘビー級を目指して体重を増やしていたとお聞きしました。

「自分の場合は減量がしんどかったので、引退試合をやるのであればヘビー級でやりたいと思って、体重を増やしていたんですよね。自分は70kgで試合をしていたんですが、普段の体重が85kg近くあって(苦笑)。それでパワーには自信があったので、結果的に試合をすることはなかったのですが、最後にヘビー級に挑戦してみたいという気持ちがありました」

ーー引退するという決意をして格闘技に対する未練はなかったですか?

「なかったですね。競輪選手になろうかなと思って、競輪場で練習したこともありました。賭ける方から賭けられる方になるのも自分らしくていいかなと(笑)。でも年齢的なことを考えても新しいスポーツでプロになるのは厳しいですし、周りの反対もあってスポーツの道は完全に諦めました」

ーー中島選手の試合は不完全燃焼だったと思うのですが、思い切りやらせて欲しかったという気持ちはなかったですか?(※2度のダウンでレフェリーストップ負け。しかし2度目のダウンはスリップダウン気味で、TATSUJIはすぐに立ち上がってダウンじゃないことをアピールしていた)

「試合が終わった直後は悔しかったですけど、その前の中島選手のパンチも効いていましたからね。それに最近の試合はあまりにも減量がきつすぎて…」


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TATSUJIインタビュー内容
■今だから明かされる過酷な減量との戦いだった現役時代
※以下GBR会員の方のみご覧になれます。
■ターニングポイントは2005年のDoAトーナメント「僕が悪役になって…」
■TATSUJIのラストメッセージ「格闘技が出来る時間が短いからこそ…」


 
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