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 2011.11.02  「振り返れば、やっぱり格闘技」 第107回 by熊久保英幸
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「ムエタイの魅力、語りまくります」の第7回。今回はムエタイの凄みが分かるというか、ムエタイという世界の異常さを感じたエピソードの数々を綴っていきたい。「スポーツ」という枠に収まりきらない「生き残るための戦い」がそこにある。

 ムエタイが好きな人なら誰もが知っている「死の第6ラウンド」という言葉がある。ムエタイの世界ではジムの会長やオーナーが絶対的な権力者であり、選手との関係は大相撲の親方と力士の関係のようなもので、主従関係が徹底されているのだ。

 ご存知の通り、ムエタイはギャンブルで成り立っており、会長やオーナーは当然のように自分の選手に賭ける。そこで負けるとさあ、大変だ。損をした会長は選手に八つ当たりするのである。日本では絶対にありえない光景だが、タイでは試合後に負けた選手を会長が鉄拳制裁している場面に出くわすことがあるのだ。これが「死の第6ラウンド」(ムエタイの試合時間は必ず3分5Rで行われる)と呼ばれている。

 吉鷹弘がルンピニースタジアムで試合をした時、対戦相手はサタンファーという若い選手で、学校を卒業してこれからムエタイに専念するという矢先で吉鷹にKO負けを喫してしまった。その試合後、「日本人に負けるなんて」と怒った会長が、顔面ではなかったが胸や腹を拳で何度も殴りつけ、椅子に座っていたサタンファーはうつむいたまま殴られ続けていた、ということをタイの知人から聞いた。

 ムエタイの世界では、選手の衣食住をジムで面倒をみるのが普通。最近では少なくなってきたらしいが、タイの中心部バンコクのジムの会長が地方の試合を見に行き、才能のある若い選手をそのジムの会長から“買って”バンコクに連れて来るということがある。選手にとってはバンコクで試合をすることが夢であり、そこでスターになって一攫千金を狙うことが裕福になるための唯一の手段なのだ。

 つまりジムの会長は先行投資しているため、それを回収しようと必死になる。回収するためには、選手に勝ち続けてもらうしかない。選手は選手でバンコクで名を上げるために必死に戦う。負け続ければクビになり、地方へ返されてしまうからだ。しかも、負ければ死の第6ラウンドが待っているためなおさら必死になる。お金や生活が懸かったこの必死さが、ムエタイの強さの一環だと言える。

 こんなこともあった。全日本キックで立嶋篤史と対戦するために来日したジョンパデットスックという現役ランカーが、計量で大幅に契約体重をオーバーしたのである。ジョンパデットスックは走り、サウナに入り、縄跳びをして懸命に体重を落とそうとしたのだが、なかなか契約体重をクリアすることが出来ない。そこで、もし試合が不成立になってしまえばファイトマネーがもらえないことから会長が怒りだしたのである。減量疲れでグッタリしているジョンパデットスックを怒鳴りつけ、罵倒し始めたのだ…………

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