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【立ち読み】吉鷹弘の「打撃」研究室、五味×川尻を分析!

2005/10/22
写真提供:DSE


 9・25五味VS川尻戦より、立ち技の打撃的な側面からこの試合について分析してみたい。

<川尻有利の予想は覆された>

 試合結果は完璧なまでに打撃戦を制しての裸絞めで、五味の完勝であった。戦前の私の予想では、川尻が右ストレートを有効に活かしてのKO勝ちであったが、五味の洗練された打撃技術の前に、私の予想は完全に覆される結果となった。

 リング上で両者がコールされた後、試合前のレフリーチェックで歩み寄った際に五味の方が一回り大きく映った。川尻は見事なまでにビルドアップされた、無駄肉のない均整のとれた体で、努力で作り上げた感がある(ヘビー級で勝ち抜くために、ビルドアップし増量に成功したボクシングのホリフィールドのように)。一方の五味は、丸みを帯びた柔らかい自然な練習で作り上げたナチュラルな体。

 川尻は本来、70kg級の選手。一方 五味はここ数年73kgで闘ってきた選手ゆえに、五味の方が大きく見えるのは当然なのかもしれないが…。

 立ち上がり、いきなり右ロングフックで入る川尻だが、難なく五味がヘッドスリップとバックステップを共用しながらかわす。ディフェンスの柔軟性に優れる五味は、川尻のパンチを距離(バックステップ)と頭の位置の移動(ヘッドスリップ)で丁寧にかわす。パンチへの防御反応が非常に速く、またタックルに対する反応もこれまた速いため、全く川尻は五味を捕らえることができない。

 この優れた速い反応力があるため、自信を持って五味は前に出ることができ、また、パンチのクリーンヒットの間合い・リズムを与えない。これでは川尻も為す術がなく、自らの距離を保つために退かざるを得ない状況へと自然に追い込まれていったのであろう。

 まさか川尻が後退させられるとは、想像もしていなかった。総合的に観て、川尻の圧力の方が優っていると観ていたし、その圧力に押されて五味が退くと思っていたが…。

<川尻はなぜ退かされたのか?>

 川尻が退かざるを得なかった要因を、違う側面からも検証してみたい。

 川尻は総合の選手の中では、突出した脇の締まった非常に威力ある右ストレートが打てる選手である(階級は違うがダン・ヘンダーソンもこの右ストレートが打てる選手の一人)。しかし、この試合ではその右ストレートがほとんど活用されず影を潜め、素人目から見て大振りなロングフック、もしくは腰の退けたストレートしか打っていない。いや、打たせてもらえなかったという方が妥当な判断であろう。

 これは川尻が、回転力の速い五味のパンチに対して、ついていけるだけの防御勘・防御技術を持ち合わせていないため、自らが右ストレ−トで入っていった際に、五味の右フックのカウンターもしくは右フックの返しをもらうことを懸念したためであると、私は観ている。

 それ故、距離を詰められることを拒み、ロングの間合いから打てるパンチ、後ろ重心からのやや腰の退けた感のあるパンチで対応し、かつ五味が出てくれば、後ろへ退いて距離を保つ戦法を取るしかなかったのであろう。

 私の経験上、相手の回転力の速いパンチについていけない場合、もしくはパンチに切れのある相手と対戦した場合に 距離を詰められてしまうと相手の間合い・リズムとなり、非常に危険な空間を作り上げてしまうことに
なりかねない。それを避けるため、自ら退くことで距離をとるのは人間の本能である。

 ただ惜しむらくは、川尻は真っ直ぐ退くのではなく、左右どちらでもいいから2度ほどサークリングしたかった。回りたかった。

 回ることで、相手の距離感を多少なりとも崩すことができ、パンチを効果的に安全に放つ間合いを一度は作り出せることが可能となるからである。

<五味の足の位置とコンビネーション>

写真提供:DSE

 この試合で、驚嘆した五味の技術を2点上げたみたい。

 一つは、前に前に歩み寄る五味の右足は常に、川尻の左足のアウトサイドに位置していたことである。ボクシングの世界でも オーソドックスVSサウスポーの試合はこの足の位置をどちらが取るかで、有利不利は逆転するといわれている。

 五味は試合中、一度も川尻の左足にアウトサイド位置をとられることなく、常に右足をアウトに位置して闘っていた。

 意識的に行っていたのか? 練習でしっかりと身に付けてきたのか? それとも激戦の中で自然と身に付けてきたものなのかは定かではないが、リーチ・パンチの切れ、回転力に優る五味が、この位置を常時、試合中とって闘っていたため、川尻の打撃がヒットする確率はより減少してしまう。

 五味は右足アウトサイドの位置を取りながら、回転力の速いコンビネーションにつないでくるため、川尻よりもインサイドからパンチを打つことができ、五味の打撃のクリーンヒット率はより増加する。

 二つ目は、パンチが単発になることなく、常にコンビネーションを心掛けて打っていることである。特にこの試合では、ボディからの右フックの返しを多用していた。

 この試合で活用したコンビネーションは、
@左ストレート→右アッパー→右ロングフック
A左ストレート→右ボディフック→右ロングフック
B右フックボディ→右フック
C川尻の右フックをダッキングしてから右ボディフック→左ボディフック→右フック(顔)
Dオーソドックスにスイッチしてからの左レバー打ち→右ロングフック
※この右フックはいずれも体を左へスライドして打つためウェイトが乗り、かつ川尻の右をもらわない。
 と いったところである。

 総合の選手で、ボデイの打ち分けを実践した選手を私は初めて見た。このボデイから最後に必ず右フックを返すというコンビネーションは、非常に見づらい攻撃ゆえに、ヒットする確率が極めて高くなり、これを実践されてはさすがの川尻も成す術がなく、パンチを浴びるしかなかったであろう。

 じりじりと間合いを詰め、右足アウトサイド位置をしっかり取って、パンチのコンビネーションで上下に攻撃を散らす五味の攻撃は まさに驚嘆の一言!! これでは川尻も、1Rで息を上げられてしまうことは、当然の結果であったのではないだろうか?

<川尻が五味戦で学ぶべきもの>

写真提供:DSE

 五味の技術は、私の想像を遥かに超えていた。総合系の選手で、これだけパンチが多彩で、さらに上・下へ打ち分けることができ、パンチの切れもある選手を私は見たことがない。このパンチの技術と、相手のパンチやタックルへの素早く柔軟な防御反応等がある限り、五味の牙城を崩すことは容易なことではないだろう。当分、この73kg級では五味時代が続くだろうと、この試合を見て感じたのは私だけではないだろう。

 ただ完敗したとはいえ、優れた右ストレートを持つ川尻の奮起にも是非とも期待したい。
 至近距離からの、パンチの打ち合いの中で放てる右ストレートを研究し(3センチ左サイドへステップイン・もしくは上体を3センチ左へずらせて打つ等)、相手のカウンターまたは返しをもらいにくい位置を模索した稽古を念入りに行えば、五味のような相手と今後対した際に、これほど圧倒的に敗れることはないと思う。

 また、右利きサウスポーには、自らの右ストレートに右フックを合わされやすいので、左ジャブ、左フックを練り上げて活用するといいと思われる。総合の距離は、最初は遠間ゆえに、左足のステップインの効いた鋭い左ジャブをこの敗戦を機に是非とも磨いてもらいたい。そうすれば 今回の試合が糧となりよりレベルアップすることは間違いないだろう。

 しかし、五味は本当に強くて、見た目以上に上手いと認識させられた試合であった。本当に強い! 大晦日の桜井“マッハ”速人との一戦で、どのようなパンチ技術を見せてくれるのか? 今から非常に楽しみである。

(文中敬称略)

<PROFILE>

吉鷹 弘(よしたか・ひろむ)
1968年1月9日、兵庫県出身
身長172cm 体重75kg(現役時)
柔道、極真空手を経て
1987年5月、シュートボクシングでプロデビュー
JSBAホーク級王者、S-cup96優勝
戦績27勝(7KO)9敗2分
平直行とのエース決定戦を制し、
シーザー武志引退後のSBエースとして君臨
ロニー・ルイス、ライアン・シムソン、 ムエタイ現役ランカーのボーウィー、レーンボー、
ら世界の強豪を次々と撃破した他、
大江慎、港太郎ら外敵と対戦して名勝負を刻む
1998年4月26日、ラモン・デッカー戦を最後に引退
現在はチーム吉鷹の監督として関西格闘技界のため、
SBのみならず立ち技系&総合の選手にも打撃を指導する

【関連リンク】
≫チーム吉鷹公式サイト
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