■スポーツ選手はその後の指導になるかどうかが重要
ーーキックボクシングという競技を始めてみての感想はどうでしたか?
「非常に辛いスポーツですね。他のスポーツもいろいろありますが、こんなに過酷なスポーツってないんじゃないかと僕は思います。その理由は、まず減量。体重をギリギリまで落とさなくてはならず、その上で3分間全力疾走のような動きをするわけで。しかも、日頃から鍛えている相手に殴られたり蹴られたりするわけですよ。それで勝ちか負けしかないですよね。非常に過酷なスポーツだと僕は思います。世間的な注目は浴びていませんが、おそらくオリンピック選手に匹敵するような練習をしています」
ーー始めた頃の思い出深いエピソードなどはありますか?
「相手の足を蹴ろうと思い切り蹴ったら、スネでカットされて自分が痛くてダウンしたというのがあります。その時はもうやめようと思いました(笑)。なんだ、このスポーツは。蹴ってる自分が痛いとはどういうことだと思いましたね」
ーーダイエット目的で始めて、なおかつそういう痛い目にあいながらプロになったのはなぜですか?
「最初は記念です。せっかく始めたのだから、とりあえず記念にプロライセンスとか、試合に出たというのが欲しいじゃないですか。それでアマチュアの試合に出たのが最初なんですが、勝っちゃったんですよ。勝ったらまた次に行きたくなるじゃないですか。それでプロのライセンスを取ったらデビュー戦だけやろうかなとなって、そうしたらデビュー戦も勝っちゃって。もし2戦目も勝っていたらやめていたかもしれないですけれど、負けちゃったんですよ。負けたら勝ちたくなるじゃないですか。その繰り返しで気がついたら今があります」
ーー23歳でキックボクシングを始めるというのは遅い方ですよね。
「しかも、デビューー23歳でキックボクシングを始めるというのは遅い方ですよね。ーしたのは27歳なんです。デビュー戦は勝ったので良かったんですが、もの凄く辛い競技だと思いました。こんなに疲れることってあるんだなって。よく試合を見に行くと、新人の試合では素人目から見ても遅いんじゃないのっていうのがあるじゃないですか。でも実際やると辛いんですよ(笑)。こんなに辛いことがあるんだなっていうくらい、身体が動かないものなんです。とにかく凄く疲れるスポーツだなっていうのが印象でした。もう3分間(1ラウンド)が長い(笑)。長いし痛いし疲れるし」
ーー戦績を見ると最初の頃は1年に3〜4試合やっていましたが、2008年は2試合、2005〜2007年は1試合と近年は試合数が少ないですね?
「それくらいのペースがいいかな、と思って。基本的に、最初の頃は試合をやれと言われたら断れないでしょう。僕は年間3試合が理想なんですが、それは(伊原)会長にお任せしています。あと、2年位前は靭帯を断裂してしまい試合に出られなかったんですよ。その時期はリハビリでランニングばかりやっていました。そこでまた、ランニングの知識に磨きがかかったんですけれどね」
ーー転んでもただでは起きないタイプですね。試合をやっていく内に“もっと強くなりたい”という気持ちが芽生えたと思いますが、そのためにはどんなことをしましたか?
「強くなるためには練習しかないと思っていました。練習をひたすらやって試合に出ていましたけれど、そんなに簡単なものではないですよね。
勝率は簡単に高くなるものではないし、昔は自分の得意技がよく分からなかったし。全般的にいろいろやっていたため戦績も勝ったり負けたり引き分けだったりで、あまりいいものではありませんでした。練習を人一倍やっても勝てるものじゃないんだな、というのが昔の感想ですね」
ーーそこからどう変わって行ったんですか?
「靭帯を怪我したことやキャリアを積んでいろいろ考えたのは、勝ち負けの結果が出るのは当たり前じゃないですか。でも、そこに行き着くまでの自分がどういうことをやったのか、ということによるんだなと思いました。自信が生まれるか生まれないかはそこなんです。勝っても“え〜!”と思う試合もあれば、負けても納得できる試合もあったんです。
そう考えると勝敗はもちろん大事だけれども、試合前の“練習という試合”に勝ってると、実際の試合の結果がどうであれ、人間として考えればその後の生活には活きるんだなという考え方になりました。
だから練習をキチッとやることに関しても考え方を変えよう、と。それでジムワーク以外の練習を頑張るようになったんです。ランニング、食事、生活のスタイル……等々を改善するようにしていったら、生活全体が変わっていくわけじゃないですか。キックボクシングの方も徐々に体力が上がっていってますけれど、これは人に伝えられるものだ、と気付きました。
スポーツって本人の勝ったり負けたりがあるし、それを見ている人が喜ぶとか悲しむというのもあるんですけれど、もっと大事な魅力としてその後の指導になるかどうかというのが重要だと思うんです。文化ってそこだと僕は思うんですね。自分は試合前になると早寝早起きになったり、普段から食事もきちんとしたものを摂ったりします。僕は白いものは食べないんです。砂糖とか米とか小麦粉とかは。肉をガツガツ食べるのもやらなくなり、野菜中心に食べます。
練習も走り込みを中心にして、昔は1〜2割だったのが今は5〜6割くらいになっています。そういうことをやっていると、キックボクサーにいろいろなアドバイスが出来るのはもちろん、一般の健常者の人たちにも指導が出来る材料になったんです。それが今の仕事に生きていますし、今も取り組んでいます」
■キックボクサーはもの凄く貴重な人材なんです
ーー30歳を過ぎて現役生活を続けるには、コンディショニングが大切になってくると思います。そういう意味で後進の人たちにも参考になるものを目指したいというお気持ちがあるのでは?
「そうですね。ただ後進の選手たちもそうですが、僕が教えたい対象は格闘技業界以外の人たちなんです。そこが今までの格闘家たちとは違うのかもしれません。僕の格闘技の経験とかそこで得た知識を一般の人たちに教えていくのが僕の役割だし、それが面白いんじゃないかって思ったんです。
自分の後輩だけに教えるのもそれはそれで美談ですが、社会貢献的には薄いと思うんですね。教育ママが子供に教えているだけの話で(笑)。自分が勉強したことや気付いたことを世の中に伝えたいと判断した時に、教えるのが自分の役割だと感じたんです。だから僕は今そっちに考え方が行っています。
どのスポーツ選手も同じだと思うんですよ。普通の人では体験したことがない練習や経験、感覚などがいろいろあるはずなんです。それを自分の競技と自分の業界の人たちだけに還元するのは、言葉はきついかもしれませんが視野が狭いと思う。これはメジャーなスポーツでもマイナーなスポーツでも同じです。
僕らのようなマイナーなスポーツは、マイナーなスポーツの人たちだけに還元してしまえば、その枠の中でそれなりの人で終わってしまうじゃないですか。でも先ほども言ったようにキックボクシングはこれだけ過酷なスポーツだからいろんな体験が出来るわけで、ちょっと角度を変えて格闘技以外の人たちに還元しようと思うと、キックボクサーはもの凄く貴重な人材なんです。
これだけ減量してこんな過酷なことをずっと何年もやるわけですから。でも、その体験を社会に還元している人間は少ないし、還元する方法を指導する人がいないので、いわゆる天下りのようにまた同じ業界に戻って指導するしかない。もっと自分たちが練習したり経験してきたことを、実は社会に還元できるひとつの法則なんだよというのを僕は後進に伝えたいんです」
ーーああ、なるほど。発想が面白いですね。キックボクシングを一般の人に教えるとなると一番多いのがキックボクササイズですが、そこでキックボクシングの練習のひとつであるストレッチやランニングを取り出してそれを教えるんですね。
「そうです。格闘技を見るのが面白いという人もいれば、私は格闘技なんて嫌だっていう人もいます。それでは大多数の人たちを巻き込めないわけですよ。僕の中では大多数の人たちに影響を与えてナンボだと思っているんですね。僕の中には社会貢献という大きなテーマがあるので、どうしてもそっちに行ってしまうんです。
キックボクササイズはもちろんいいんですが、100人いたらキックボクササイズをやりたいという人は何人いるでしょう? でも、健康に生きたい、毎日のライフワークをアクティブに生きたいという希望はありますかと聞いたら、100人中90人は“イエス”と答えると思います。
そこに影響するものを僕はたまたまキックボクシングで学ぶことが出来て、知ることが出来たわけです。知ってしまったなら、伝えるのが義務ですよね。そういうスタイルなんです。キックボクサーなんですけれど、キックボクシングだけに拘っていないのはそれが理由なんです」
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