■社会人としてファイターでなければ意味がない
ーーキックボクシングを一生懸命やって、引退した後はその経験を活かしたいという選手はいっぱいいると思います。そんな人たちにアドバイスがあればお願いします。
「キックボクシングという業界の中では、例えば日本ランカーの7位や8位は大したことがないと思われるじゃないですか。でも、世の中に一歩出たらもの凄い人なんですよ。そういうことをみんな知らないんです。だから引退してもキックボクシング業界に戻ってしまう。僕が言いたいのは、外に出るべきだということです。
世の中の人にしてみれば、キックボクサーで日本の7位か8位と言ったら、絶対にこの人と喧嘩したら勝てないと思われるわけですから。そういう自覚をまず持ってもらいたいですね。目を向けるべきはキックボクシングを知らない人たちなんですよ。あとは社会に出るために必要な、社会的なモラルや知識さえあれば、一般の方よりはポテンシャルが間違いなく高いんです。
だって、きつい練習をずっとやっているんですから。ということは、この仕事をやれと言われたら、そんな簡単にやめなかったり、諦めなかったり、挫けたりしないわけですよ。そういうポテンシャルは絶対に高いはず。そのポテンシャルの出し方の知恵が必要だというのが僕の出した結論です。知恵を出さずに業界に戻るのは逃げているのと一緒なので、いくら格闘技だ、ファイターだって言っても、社会人としてファイターでなければ意味がないじゃないですか。
社会人としてもファイターであるならば、自分が見たことも会ったことも触れたこともない人たちの中へ、茨の道に入っていけばいいんです。僕の知っている元チャンピオンとか元トップランカーの人たちは、現役をやめたらバイトですからね。それでは逆に格闘技の被害者になってしまいます。
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業界の中ではトップランカーだけれども、別に天下りで業界の中で何かをする気もない、それで社会に戻ったら社会への戻り方が分からない、自分が元チャンピオンでもその肩書きの社会での活かし方が分からないから、バイトになってしまう。それではダメです。
僕は元日本3位ですけれど、別にチャンピオンになったわけでもないし、業界の中から見れば大した選手ではないじゃないですか。でも、その経験を活かしたキックボクサーとすれば僕はチャンピオンだと思います。キックボクシングというスポーツのカテゴリーを活かして、会社を経営しているということに関しては僕が一番だと自負しています。
その道を作ることが、格闘技で現役生活を終えた人たちを救う一つのヒントになると思うんですね。他の業界でも一緒だと思うんですよ。元ハンドボールの全日本選手が、引退した後に何をやっているかと言ったら運送屋さんだとか。日本ではスポーツマンに現役の時は優しいけれど、引退すると冷たくなるというのはちょっとどうかなと思うんですよね。
スポーツでそこまで行った人たちのポテンシャルは絶対に普通の人よりも高いのに、そう思われてしまうのは悔しい。だから、僕がやっていることはある意味“アスリートの逆襲”ですよ。インテリジェンスが威張り散らしている間に、こっちは練習をこれだけやっているんだよ、と。体力もあるし、気力もある。
ただ、その活かし方を知らないからインテリジェンスのヤツらに負けるわけですよね。それを僕は何とかしたいんです。現実として、僕が今朝行ってきた講習会は40名が参加したんですが、大概が会社の経営者なんです。お医者さんや経営コンサルタントなどもいて。でも、そういう人たちがいっぱいいる中のトップで講習をやったのは僕なんです。
僕は中卒のキックボクサーで、国家資格も持っていなければ何のキャリアも持っていないけれど、僕が講習をやってそれにみんながうなづくんです。これは何が違うかと言うとポテンシャルが違うんです。アスリートの高いポテンシャルの活かし方を僕は知っているので、どんなにキャリアがある人でも僕に反論しようと思わない。僕のやっていることは間違っていないですし。
だからキックボクサーの人たちが自分たちの業界以外で何かを始めるのならば、外の世界から見れば自分たちは凄いんだということを自覚してもらいたいですね。そうでなければもったいないです」
ーービジネスマンとして成功されても、キックボクサーとしての現役は続けられるんですか?
「何年か前にやめようと思ったことはありました。そろそろトライアスロンをやろうかな、と思ったんです。でもそこで、ちょっと待てよと。トライアスロンをやる体力があるのだったら、現役をやめる必要はないなと思ったんです。さっき言ったようなトレーニングをやり始めたので、体力が上がってるんですよね。だからやめる理由が見当たらないんですよ(笑)」
ーー今年38歳にしてまだ体力が上がっているんですね!
「はい。鍛え方の考え方を変えれば、人間ってピークを50歳くらいにもっていけるんです」
ーー50歳!!
「考え方を変えれば。瞬発力だけを鍛えるのは20代前半まで。瞬発力ではない持久力などを伸ばしていくと、人間の身体は40でも50でも体力が上がっていくんです。
僕が初めてマラソンレースに出場した時、どう見ても60歳くらいのおじいさんにゴール間際で抜かれたんですよ。こっちはキックボクサーで日頃から鍛えているのに、ゴール手前で身体が痛くて苦しくてしょうがない。ところが白髪の禿げたおじいさんに抜かれちゃったんです(笑)。
“なんだこれは!?”と思って。頭にきていろいろ調べたりするじゃないですか。すると、瞬発力ではない筋肉を鍛えると人間の体力は上がっていくというデータがいっぱいあったんです。それが分かったので、僕がやめる理由も見当たらなくなってしまったというわけです」
ーーなにかお話を聞いていると、ヒクソン・グレイシーのようですね。
「ああ、多分あの人もそういう考え方だと思いますよ。グレイシーの人たちもウェイトトレーニングをしないとか自然なものしか食べない、山にこもるとか考え方が似ているんです。よく武術の雑誌に出ている元気なおじさんたちがいるじゃないですか。ああいう人たちも同じような感覚だと思うんですよ。年を追う毎に進化していると思うんです」
■実は僕、首相撲おたくなんですよ(笑)
ーーそんな兼子さんにとって、キックボクサーとしての夢は何ですか?
「もちろんチャンピオンです。瞬発力のパンチやキックもありますが、実は僕、首相撲おたくなんですよ(笑)。首相撲というのは唯一、立ち技格闘技の中で持久力走なんです。持久力とバランス。でも、それをあまりやらない傾向が今の日本にはあります」
ーーK-1の影響ですね。たしかに日本人キックボクサーで首相撲をみっちりやらない選手は増えてきていると聞きます。
「でも僕から見ると、それは逃げているように見えるんです。なぜかと言うと、首相撲の練習は辛いからなんですよ。首相撲をやらなくても、言葉は悪いですが上っ面だけの練習でも試合に勝てないことはないんです。パンチやキックが当たれば倒れるんですから。偶然(ラッキーパンチ)がありますよね。ところが、首相撲には偶然がない。強いヤツが絶対に勝ちます。しかも地味で、一朝一夕では身に着きません。何年もやらなければ身に着かないんです。
僕は走り込みと首相撲は建物で言うと“土台”だと思っています。人間の身体における土台の強さを競うのが真の格闘技だと僕は思います。だから僕はパンチやキックの練習もしますけれど、それだけで来たヤツに首相撲だけで勝ちたいんですよ。首相撲で勝ち進んでチャンピオンになりたいんです。それも38歳で」
ーーおおっ、そんな考えを持っているキックボクサーがいるとは思いませんでした。
「パンチやキックは誰でも練習できるだろ、と言いたいんです。そこそこやればそれは強くなりますよ。でも、パンチやキックは樹木で言う枝や葉。幹や根っこは走り込みと首相撲なんです。日本人がムエタイと闘って勝てないのは首相撲でやられるからですよね。首相撲でタイ人に勝つ日本人がいれば凄いと思うんですよ。でも、一人もいない。
もの凄くパンチやキックが強い選手がいても、首相撲になったら大したことがない選手って多いんです。僕は他のジムにも練習へ行きますが、トップランカーの選手が相手でも首相撲では負ける気がしないんですよね。
→タイでムエタイ選手と首相撲の修行中
僕が首相撲に魅力を感じるのは、そういう土台的な鍛え方、土台的な能力だからです。僕の場合は朝に走り込み、夜はジムワークに来て半分以上は首相撲です。そんなことをやっているのは、僕と僕の仲間の1〜2人しかいませんけれども。だから夢としては首相撲で勝って、土台を大事にしなさいと言いたいですね。そして、大事なことから逃げるんじゃねえ、と言いたいです」
ーー時代の流れに逆行するような話ですね。
「選手で走っていないヤツなんていっぱいいますからね。僕が20Km走ったと言うとみんな驚くんですよ。僕より走っているキックボクサーはあまりいないと思いますし、首相撲をやっている人もいないでしょうね。でも、僕は強い土台を作っているんです。
その考え方は経営にも反映していて、土台が強いものが一番強いって僕は思っています。経営の土台は商品と人なので、ウチのスタッフはみんな気持ちが強い。全員マラソンをやっていますし、社員旅行は熱海まで自転車で行きますから(笑)。沖縄旅行へ行って那覇マラソンに出場したり。商品はストレッチで、機械とか物を一切使わない、人と人とのコミュニケーションだけでやります。だから、格闘技のことと経営のことを考える時の思考バターンは一緒なんですよ。
面白いものですよね。格闘技で首相撲とか走り込みを通じて、経営の方にも土台に目線が行くと、考えるパターンがそっちになっていくんです。多分、会社でも上っ面だけ磨く人っているじゃないですか。表向きだけよくするみたいな。そういう人がキックボクシングの練習をすると、パンチとキックだけをやるんですよ。一緒なんです。そういう人は車に乗ったら外面だけが綺麗で中は汚い、身なりが綺麗な人は貯金がない。経営も格闘技も一緒なんです。僕も昔はそういう生き方をしていたので分かるんです(笑)。
もの凄く豪華な店舗やオフィスを構えているけれども、会社の予算はあまりないとか。そういう生き方をしている社長っていっぱいいると思います。そういう考え方のパターンを“葉っぱの考え方”と僕は呼んでいます。葉先だけしか見ていない。葉先だけを見て樹木が元気かどうかを判断しているんです。そうじゃない、と。根と幹を見なさいということなんです。水をあげるのは根と幹でしょう? 葉先に水なんてやらない。それと同じで、物事の見方って僕は土台が一番大事だと思っています」
ーーなるほど。面白い話をありがとうございました。しかし、凄まじい社員旅行ですね。
「でも、それがしたいって社員が言うんですよ(笑)。実家が長野にあるスタッフがいるんですが、自転車で帰郷しますからね。170Kmを往復しているんですよ。
お客さんから見れば頼りがいのある男ですよね。それと新宿店のスタッフは、電車に乗らず東久留米まで走って帰るんです。そんなスタッフがいっぱいいます。
そういう人たちが堂々と生きていけるというか、それを逆に武器として使えるという環境がいいじゃないですか。体育界系がモロ武器になっているんですよ(笑)」
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